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昭和19年の大火で焼失した布嘉邸 |


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特定非営利活動法人
おおまち第2集客施設整備推進協議会
所在地 青森県五所川原市大町15番地
※表記住所は登記の住所であり現在、区画整理
事業施行中のため表記住所には建物はない
電話 0173−35−2209
FAX 0173−35−2216
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■青森県 五所川原市
人口約6万3千人の津軽半島中央部に位置する、農業と商業の街である。
古くから、奥津軽の交通の要所として栄え、明治後半から昭和初期にかけて急速に発展した。
夏祭りとして復活した「五所川原立佞武多」は全国的にも有名になり、毎年8月4日から8日の間、多くの観光客で賑わう。
また、当市出身の太宰治の生家「斜陽館」や「ストーブ列車」で有名な津軽鉄道、安部氏縁の遺跡など多くの見所がある。 |

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■進む大町開発
平成17年より街の中心部にある「大町二丁目地区」において都市再生型の区画整理事業が施行されており、ここ数年で街の顔となる中心市街地の街並みの大きく変わる計画である。 |

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■立佞武多
五所川原立佞武多(ごしょがわらたちねぷた)は、青森県五所川原市で8月4日から8月8日に開催される祭りである。青森のねぶたと構造は基本的に同じだが、その名の通り、高さが最大で20m強にも達する巨大な山車が運行される。 |

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■太宰治記念館『斜陽館』
太宰が中学進学に伴い1923年に青森市へ転居するまでこの家でくらした。東京へ出た後、共産党の非合法活動に協力したり、何度か心中を繰り返したため郷里から勘当された。勘気を許されてこの家に戻る事が許されたのは1942年に太宰の母タネが亡くなった後である。その後1945年太宰は戦況悪化に伴い妻子を連れて疎開翌年までこの地にとどまり、文筆活動を続ける。小説『思い出』や『津軽』等には太宰がこの家に対して抱いたイメージが記されている。
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